庵野秀明展で再確認!第3村ミニチュアの歩き方・中編

前編で「これはあくまでミニチュアであり、いわゆる聖地ではない」という主旨で論じたシンエヴァ第3村ミニチュア。
中編ではミニチュアを通してしかできない表現技法の可能性、なぜミニチュアでなければいけなかったのかに焦点を当ててみます。

コンテナヤードのメモ

コンテナヤードにマジックで書かれた「トラック↓」の文字。位置的におそらく劇中で駐車中だったKREDITの3台のトラックを指していると考えられます。
このミニチュアにはいくつかトミカなどのミニカーが置かれているんですが、Oゲージと同等スケールにあたるトラックのミニカーが調達できなかったため後日CGなどで配置するための覚え書きだったんでしょうか。

配給待ちの列

扇形車庫の隣に位置する配給所の前に並ぶ人の列がフィギュアで再現されてたんですが…

「役場の路地」

その後ろにひっそりと貼られた「役場の路地」の注釈(読みにくいですが写真クリックでFlickrのアルバムへ飛ぶと拡大・確認できます)。
モデルとなった天竜二俣駅の駅舎はどうやら役場として機能している模様。

役場の屋根から全景

その役場の屋根の上(手前)からプラットホーム方面を望む風景。給水塔を中心にもともとあった建物と間を縫うように走る道路、道路に沿って立つ電柱、そして仮設住宅にいたるコントラストが楽しめる視点です。

コンテナヤードナメ扇形車庫と強制遠近

そして切り返しにあたるコンテナヤードから扇形車庫と役場方面を狙った構図で見てみると、ある興味深いことに気づきます。

強制遠近

車庫と役場の奥の建物群が強制遠近法を意図した配置になってるんですね。

「強制遠近法」とはカメラに対して手前と奥でミニチュアのスケールを変え(手前ほど大スケール、奥にいくにつれて小スケール)て配置することで実際のステージの規模よりも奥行きがあるように見せる、ミニチュア特撮ではポピュラーな技法。有名どころではマイティジャックの格納庫などがあります。

強遠近法ミニチュアセット

参考として自分が名古屋の特撮博物館にて撮影した強制遠近法ジオラマを見てみましょう。
ミニカー・山・高圧線鉄塔・民家・鉄橋それぞれ奥に向かってスケールが小さくなっていくことで奥行きを演出しているのがわかると思います。

ミニチュアステージ

こちらも同じく名古屋・特撮博物館でのミニチュアステージ。
手前のビルと奥のビル、間の東京タワーそれぞれが別スケールになってるのがわかりますが、このミニチュアを更に下からの目線で撮影すると違和感はなくなるはず。

ウルトラマン強パースモデル

極めつけに一番わかりやすい例を。ご存じウルトラマン出現シーンで使われたモデルです。手前に突き出した力強い拳と精悍なマスク、そしてマスクの横に踏ん張った拳から胸板を通って左膝への視線誘導が見事なこのモデルを、カメラで狙うことを想定していない真横から見てみると…

ウルトラマン強パースモデル

実はこんなに寸詰まり!
そしてこの角度から見てみるとスケールだけでなくディテールも手前から奥にむかってグラデーションしているのがわかります。面白いですねー。
ところでミニチュアの弱みの一つに「フォーカスしている点の前後が強くボケやすく実景のような雰囲気づくりが難しい」ことが挙げられます。ティルトシフトレンズを使ってフレームの上下に強いボケを作ると実景写真が模型のように見えるのはこれを逆手に取った表現ですね。
強制遠近法には実際のサイズよりも奥行きを稼げるほか、被写界深度を深くとらなくてもパンフォーカスに近い撮像が得られる=ミニチュア感が軽減されるというメリットもあります。

強制遠近法の意義1

奥のスケールはむちゃくちゃなはずなのに、これぐらいの画角とアイレベルで見ると奥のビルはちゃんと5階建て程度に見えるし、手前の民家は2階建てに見えてしまうわけです。
第3村以外の描写だとDパート、ゴルゴダオブジェクトに到達した初号機と13号機が東宝ミニチュアステージ上で演じる殺陣シーンでは兵装ビル群(放り投げられた初号機が転がり落ちてホリゾントにぶつかる直前)がこの役割を担ってました。

強制遠近法の意義2

強制遠近を効果的に活用するにはアイレベルの高さが肝要です。
この高さで狙うとバレバレですが…

強制遠近法の意義3

このぐらいまでアイレベルを下げれば俄然効果を発揮しはじめる。
ドキュメンタリーでは「(目線を下げて)なめて撮るとどうしても隙間が空いちゃう」と言いながらこの強制遠近の区画の建物を念入りに配置しなおす様子が収録されてました。アイレベル=カメラの高さが地面に近づけば近づくほど、望遠で狙えば狙うほどスカスカの部分が目立ってしまうため、そこを埋める試行錯誤が行われてたんですね。

強制遠近ミニチュアを裏側から

そんな強制遠近を生み出している区画を裏側から見てみるとこんな感じで何もかもバレバレです。

強制遠近区画俯瞰 iPhone

上から見るとさらにとんでもないことに。もはや人が生活することなんて欠片も考慮されてません。
要するにこの辺は書き割り、マットアートの役割を果たす区画なわけです。とにかく画としての要求から構成されたセクション。
第3村はあくまでも検討用ミニチュアによって生み出された架空の空間。「聖地ではない」とはこういうことです。

バラック区画と強制遠近区画 iPhone

ではなぜその「聖地ではない」ミニチュアで構成された第3村の描写にわれわれ観客はあんなにも生活感を覚えたのか。

バラック区画俯瞰

それはもちろん、生活感を覚えさせるための区画も並行して設計されており、そこを中心に芝居がつけられていたからです。

バラック区画ディテールあり俯瞰

つまり第3村もシンエヴァを構成するキャラクターの一つであり、このミニチュア製作は第3村の「キャラクターデザイン」に不可欠な工程だったわけです。

バラック区画ディテールあり

瓦屋根、トタン屋根、倒壊した屋根。それらはキャラクターの役作り。ブルーシートがかかった屋根も何らかのバックボーンを生み出すための役作りなわけです。

バラック区画のテント1

そんな強制遠近区画にほど近いバラック区画の片隅にある小さなテント。

バラック区画のテント2

これも役作りの一環なのか、それとも改稿の過程で没になった何らかのシーンの痕跡なのか。今の我々にはわかりません…。

強制遠近区画からの望遠圧縮

さて、じゃあ強制遠近区画からの視点を丸ごと捨てているかといえば決してそんなことはなく、こんな感じで画面を作ろうと思えば作れるようにもなっている。
使うかどうかは決まっていないけれど面白い画が得られそうな場所では積極的にディテールを詰めて選択肢を増やす、そんな設計思想がうかがえます。

メインストリートの電柱配置

またドキュメンタリーの話になりますが、このミニチュア製作について電柱の配置へのこだわりが見られました。
これはもちろん庵野自身が電柱好きだからでもありますが、電柱を現実的にあしらうことで架空の土地に効率よくリアリティを担保するバランス感覚が働いたように思えます。

電柱のリズム

そんな緻密なリズム設計に思わずこちらもレイアウトを見直して何度もシャッター切っちゃうわけです。

エヴァの視点に近づいて

ステージ上に立った庵野の身長がだいたいエヴァの体高にあたるとのことですが、ステージに上がれない我々がその視点に迫るにはバンザイして撮影するほかなく。

おおよそ13号機視点

そういう意味でもiPhone撮影オススメです。ちなみにこの位置は終盤での13号機と初号機の取っ組み合いシーン、初号機を投げ飛ばした13号機が見ていたであろう視点を意識したつもり。
撮ってから気づいたんですがこの構図、窓の向こうに有明コロシアムとビッグサイトが見えるいい写真ですね…。
スモールワールズTOKYOの展示スペースは壁2面の大きな窓から太陽光がふんだんに採り入れられ、細部まで見やすく撮影しやすかったのがとてもありがたかったです。
庵野展のミニチュア展示スペースは完全屋内のようですが、見やすい照明が確保されていることを願ってます。

新生湯 iPhone

さすが新生湯・記念湯の公衆浴場車両付近は情報量がいっぱい。
劇中描写ではわかりにくかった構造も、ミニチュアで確認してみると車両は脱衣所で、トタンで区切った隣接区画を浴場としていたことが把握できます。

新生湯 iPhone2

ここを起点として構図を作るとどこを見てもきっちり背景にディテールが入ってますし、奥に見える客車3両がリズムよく並べてあることにも気づきます。

新生湯から仮設住宅街方向

現実に即した配置の電柱がここでも効いてきます。線路沿いの電柱には街灯のディテールが見られ、夜間にはここへ光源が入ることを想定してるわけです。

脇道へ抜けていくアングル

村の外へ向かう道路の抜け感が全体の密度を一本調子にさせない絶妙な設計ですね…。

新生湯タラップのバミリ iPhone

タラップのバミリなおしに試行錯誤のあとが見られます。

新生湯前の没バミリ iPhone

こちらは何かが没になった形跡。おそらく当初ここには仮設トイレと用具入れのようなミニチュアがあったのでしょう。それが本番のレイアウト決定のさい車両の佇まいの描写に邪魔だと判断され、写真でいう左手前に移動させられたのだと推察されます。
無蓋車が浴槽に転用された露天風呂である設定(だから「私、命令もないのに生きてる。なぜ?」と呟くアヤナミ視点で空に浮かぶ月が見えた)にこれを見て初めて気づきます。っていうか今このエントリ書くまで気づかなかったよ。このぶんだと自分が見落としてた設定上重要な、でも画面上では描写されてない構造もどこかにあるかもしれない!やっぱもっかい庵野展で隅々まで見直さなきゃ!!

後編ではさらにミニチュアの意義・作り込みの割り切りから垣間見える効率性と、そこから庵野が何を見出そうとしていたのかについて掘り下げたいと思います。

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